ブランドストーリー
1614年から受け継がれてきたボタニカル

1614年、南仏プロヴァンスに建立されたミニム修道院(クヴォン・デ・ミニム)。後に太陽王ルイ14世に植物学者として任命され、世界を旅したルイ・フュイエが若き日を過ごした場所でもあります。この地には、当時知られざる植物を探求して大陸を渡り歩いたルイ・フュイエの功績が残されています。クヴォン・デ・ミニムは、ルイ・フュイエの功績を称え、100%ヴィーガンフレグランスブランドとして、修道院に伝わるボタニカルの伝統を受け継いでいます。

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世界的に著名な調香師、ジャンクロードエレナ監修

世界的に著名な調香師、ジャン=クロード・エレナ監修

ジャン=クロード・エレナは、フランスの高級フレグランス界で50年以上も活躍してきました。クヴォン・デ・ミニムの歴史の新たな章を描くため、彼は彼自身が厳選したフランスの調香師たちを招集しました。

ジャン=クロード・エレナとのコラボレーション。

高貴な歴史

高貴な歴史

植物学者ルイ・フュイエ

ルイ14世に植物学者として任命されたルイ・フュイエは、当時知られざる希少な植物の情報収集のため、世界各地へと旅をしました。持ち帰ったスケッチを3冊の本にまとめ、王に献上。フランスにおける植物学(ボタニカル)の礎を築きました。ラテン語で「高貴な植物学」を意味するBotanica Nobilis(ボタニカノビリス)には、希少な植物原料にこだわるクヴォン・デ・ミニムのブランド哲学が刻まれています。

ミニム修道会と著名な科学者たち

ミニム修道会と著名な科学者たち



ミニム修道会はパオラの聖フランチェスコによって15世紀にフランスで設立されました。王や権力者とのつながりが深かったこの修道会には、次第に高い教育を受けた学識ある人々が集まるようになりました。ミニム修道会は学術探求の場となり、数学、哲学、植物学、物理学などの学問を修めるようになりました。マラン・メルセンヌ、エマニュエル・マニャン、ジャン=フランソワ・ニスロン、シャルル・プリュミエなど、ルイ・フュイエ以外にも著名な学者たちが名を連ねています。

植物学者・探検家として活躍した ルイ・フュイエ

植物学者・探検家として活躍した ルイ・フュイエ



ルイ・フュイエ(1660-1732)は、17-18世紀には、ミニム修道会の中心的存在となりました。ミニム修道院で、物理学、数学、天文学、植物学を学びました。生物についての研究で才能を発揮したルイ・フュイエは、当時の国王ルイ14世に植物学者として任命され、世界各地へ、科学を探求する旅へと出かけ、フランス宮廷の威光を世界に示しました。1700年の夏から1724年の冬にかけて、全部で4回の船旅で、東地中海からカリブ海へ、南アメリカからカナリア諸島へと旅をしました。詳細な植物スケッチや民族学についての論文を含む旅の記録は、クヴォン・デ・ミニムの、とても大事なインスピレーションとなっています。

芸術家としてのルイ・フュイエ

芸術家としてのルイ・フュイエ



自然科学者として旅をしたルイ・フュイエは、旅先で出会った植物や動物をつぶさに観察しました。詳細な説明のために、鉛筆や水彩を用いて描いたスケッチが、後にベルサイユ宮殿のコレクションの一部となりました。旅の報告書の出版に際しては、版画家の手によりスケッチが正確に再現され、美しい挿絵となりました。
植物学者ルイ・フュイエの旅行報告書は、Journal des observations physiques, mathématiques et botaniques『物理学、数学、植物学における観察日誌』という題名の3冊の本に編纂されました。この中に211の植物がスケッチと共に紹介されています。彼が発見した植物は400種以上に及ぶと推定されています。